令和6年1月、10年ぶりに厚生労働省から、「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」が、発表されました。
「フィットネス」という言葉や運動実践にフィットネスクラブで行うことを意識した内容が示されるなど、行政側も民間の施設を利用した健康づくりを推奨しています。また 高血圧や糖尿病などの疾病別運動プログラムを作成し、それを実践する場所としてトレッドミルやエルゴメーター ウェイトマシーンを利用したトレーニングプログラムが示され、それらを備えたフィットネスクラブでの利用を想定しています。行政側で、より多くの人がフィットネスクラブを利用することを推奨していただくのは非常にフィットネス業界としてはありがたいことです。
「身体活動・運動ガイド2023」の中に運動を安全に行うためのポイントが記載されています。
ポイント
フィットネスクラブで運動時の安全対策を考える場合、普段からの健康管理や健康チェックを行うことが重要です。そのことを会員もスタッフも十分理解し、会員の身体の状態を知り、体重・体脂肪率・血圧・脈拍・体温等を確認しておくことなどの自己管理をすることが重要です。
疾病がある場合には、提携医やかかりつけ医等で、必要に応じて慢性疾患の管理のために通院をしていただき、運動処方箋を作成していただき、その処方に従って運動を実施することが必要です。
指導者側は、自己申告の「病気がない」を鵜吞みにしてはいけません。健診を受けていない場合など、病気があ
ることを知らないだけかもしれません。運動開始時には健診結果を持参したり、治療中の病気があれば共有して
いただくなどして、健康状態を把握したうえで個人に合った運動を勧める必要があります。家族歴にも注意を
要するものがないか確認します。
こうした安全対策の取組を適切に行いつつ、病気があると運動施設の会員になれないなどのイメージを払拭して
いき、疾病があっても運動することで改善するというイメージを広めていくこと肝要です。
次に、重大事故を起こさないための備えについてです。
慶應義塾大学スポーツ医学研究センターの小熊教授のグループでは、研究員の平田昂大さんが中心となって、運動施設・スポーツ現場向けに「安全・安心に運動を行うためのハンドブック」2)を作成されています。その中に、有害事象とヒヤリハットについて下記のように書かれています。
有害事象とは、運動実施者に生じたあらゆる好ましくない出来事、体調の変化、症状、病気、けが
等のことを指し、ヒヤリハットとは、けがや病気、損害には至らなかったが、そうなる可能性があった予期
せぬ出来事を指します。
ヒヤリハットの例
活動の中では、「転びそうになった」、「ぶつかりそうになった」、「床が水滴で濡れていたから拭いた」、
「運動を開始する前に体調不良者に気づくことができた」、「動線が交わるところに標識を設置した」
等が考えられます。これらのヒヤリハットに気づき、大事に至る前に防ぐことができるかどうかが、重大事
故を防ぐために重要になります。
ハインリッヒの法則 3)
1件の重大事故(Major Injury)の背後には、29 件の軽微な事故(Minor Injuries) があり、更にその
背後には 300 件のヒヤリハット (No-Injury Accidents) があるというハインリッヒの法則 3)というものが
あります。重要なことは重大事故の背景にはヒヤリハットのような事故に至る可能性のあった出来事が
あり、それらをできる限り把握し、分析・対策することが必要であるということです
複数のフィットネスクラブのマネージャー等の管理スタッフにヒアリングしたところクラブの規模にもよると思いますが、年間数件から数十件の有害事象が発生しており、重大な事故につながることもあるかとのことです。 あるフィットネスクラブ運営会社の関係者は、年間に会員 8000人から1万人に1件程度の割合で重大事故が起きているのではないかと話ししていました。フィットネスクラブでのケガを調べた調査はいくつかあるようですが、このような形での大規模な調査はされておらず、なかなか実態がつかめないのが現状です。
現在は AEDや心肺蘇生法などの方法は、各行政の窓口や消防署等でも訓練として研修を受けられますしクラブごとに、年間数回から 月1回程度救急法の研修を行っているところもあります。 万が一の備えではなく 日頃から起こることを前提に訓練を怠らずに行うことが必要不可欠であると思います。
また 緊急時対応計画 〔EAP〕(EAP: Emergency Action Plan)も 作成し、普段からすぐ目につくところに掲出し、現場へ持ち出して確認できるようパウチをして複数枚数 準備して頭に入れておくことも必要です。(図1)
下記にある 活動場所の基本情報も事前に記入しておくことで緊急時 119番通報等で救急隊に場所や連絡先を正確に短時間に伝えることが可能になります。このような形で症状別運動プログラムを提供することが フィットネスクラブで頻繁に行われることで安全対策としての救急対応マニュアル、 具体的には AED や心肺蘇生法 それと 緊急時の対応のフロー フォーマットを普段から 整備しておくことで もしもの場合に備えることも フィットネスクラブでは必要となります。
(図1)
フィットネスクラブは健康寿命の延伸産業と位置付けられており、各クラブでは疾病予防プログラムなどすでに取り組んでいるところもあると思いますが、改めて、より多くの参加を促すには、フィットネスクラブでトレッドミルや筋力トレーニングマシンを利用して、安全にかつ効果的に取り組むことが最も大切であること、フィットネスクラブが主たる目的達成の場であることを改めて認識し、積極的に取り組むことが必要と思われます。
参考資料
厚生労働省HP 「健康づくりのための身体活動・運動ガイド 2023」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/undou/index.html
2)運動施設・スポーツ現場向け「安全・安心に運動を行うためのハンドブック2023」
慶應義塾大学スポーツ医学研究センター・大学院健康マネジメント研究科 平田昂大・小熊祐子
3)Heinrich HW. Industrial Accident Prevention: a scientific approach. McGraw-Hill. New York. 1931.